*常夜一片

常夜一片短編 夜辻彷徨い君想う [小説]




常夜一片 短編

夜辻彷徨い君想う




推奨順
夜辻彷徨い君想う(本作)→不樂降臨→曇天の鴬は常闇の修羅を呼ぶ→海を封じし青き硝子玉→修羅は常世の地獄を斬れるか


あらすじ
罰下組…平和な常世町の安全を脅かす最大の組織。
平和を守る守護部隊にとっては、相容れない存在。
そこで、零雪と禅一郎は罰下組の調査に踏み出すが…


前半の会議に登場する簡単な人物解説
威衛門(いえもん) 守護部隊主隊長。一番偉い人。でかいくてごつくてこわい。
覇京(はきょう) 守護部隊五総隊長。零雪たちの上司。
金近(かねちか) 守護部隊の弐番隊隊長。
千鳥(ちどり) 参番隊隊長
嵌倉(はまくら) 参番隊副長
十画堂(じっかくどう) 参謀的な人。冷たい眼鏡。


〜このお話は前考えです。
若干、描写がたりなくて読みづらいですが(特に前半)、話は完結しています〜

〜本作はBL要素があります。
生暖かい気持ちでお読みになられないかたは、そっとお戻りくださいませ〜


・七方陣罰下組?
守護部隊内で噂になる罰下組。金近や千鳥は馬鹿組と呼んで馬鹿にするが、禅一郎は険しい顔。
あまり油断しない方が良い…

・裏切り者と呼ばれて
近頃勢力を広げ、巷を賑わす罰下組の情報が少しでも欲しいと、威衛門は各隊長、副長を集め、会議を開いた。
威衛門「今回、皆に集まってもらったのは、七方陣罰下組の事について意見を聞きたいからだ」
零雪「しちほうじんばつかぐみ…?」
「知らないのか?」巷の情報にうとすぎる零雪にびびる禅一郎
覇京「奴らについては、見回り組である参番隊千鳥と嵌倉が詳しいだろう」
千鳥「罰下組ねえ。たまに会えば、恐喝やらスリやらで町民から金を奪ってばかりいる。暴力奮う事しか頭にない野蛮な連中さ」
嵌倉「人数は少ないので大した事件などは起きていませんが、我々が守護部隊だと気づいただけで殴り掛かって来るような連中です。危険なのには変わりない」
目撃情報や些細な喧嘩などの報告はあるものの、いまいち詳しい情報がない。
そこで「…あまり気は進まないが、黒津に聞くのが一番だろう」と言う禅一郎に、頷く威衛門
実はもう呼んである、と威衛門が手を打つと、黒津、どこからともなく現れる。黒津は、元罰下組で、脱走して守護部隊に入ったという経歴を持つ。罰下組の事には詳しいはずだ。
しかし、自分は捨て駒として一方的に命令を出されていただけで、詳しい事は知らない、と悔しそうに言う黒津
でも基本的な情報を聞く事が出来た。
本拠地は一見普通の家を装ったこじんまりした屋敷だということ。
数多い所属員の中でも、籠篭 八坂(かごもり やさか)だけは特に気をつけた方が良いということ。
そして、裏で一番権力を握っているのは、おそらく、久方 不樂(ひさかた ふがく)という人物であろうということ。
「籠篭…ねえ…」
千鳥が嫌そうな顔をする。
覇「知っているのか?」
嵌「よく会いますよ。特に最近は」
千「なに考えてるのか分からない奴だ。 …なんだか寒気がするような、一言でいえば寒い奴(謎)」
嵌「あまり喋らないのが、逆に恐ろしいという感じですね。通常、八咫宮 羽夛(やたみや うた)、武良雲 鬼刃(むらくも きば)の三人で行動している事が多いようです」
千「久方は名前しか聞いた事ねえけど」
嵌「謎の人物です。誰も見た事がないと言う。まるで幻のような」
覇「…だがたしかに久方は存在している」
不樂の名前を聞いて、苦い表情を浮かべる覇京。どうやら、昔、因縁があったらしく、多くを語ろうとしない。
威「・・・なにか知っていそうだな」
覇「…ええ。昔少々ありまして、ね…だが、今ここで話して実になるような話はありません」
忌ま忌ましそうに。
十画堂「久方の名は前々から危険人物だと聞いていましたが…まさか罰下組にいるとは…。それは確かな情報なのでしょうね?」
黒「ああ。…この目で見たんだ。間違いはない」
威「手っ取り早いのは、やつらの本拠地に乗り込む事だが、久方がいるとなれば話は別だ。それに今すぐどうかしなければならない理由もない」
覇「野放しにしておくのは危険だが…今はどうしようもない…か。とにかく、各隊員に罰下組と争うような事は『出来るだけ』しないように注意しておいてくれ」
という事で会議は終了する。

・居心地悪い
零雪と禅一郎、壱番隊道場へ向かう。
零「罰下組…か。一度も会った事ないけど…禅一郎はなにか知ってるか?」
禅「俺も噂だけしか。…それも悪い噂ばかりだが」
「罰下組は揃いの羽織を着ている。今や、その羽織が目に入るだけでみな逃げ出すくらいさ」
零雪が上を見ると、木の枝の上に黒津が座っている。
零「黒津さんは罰下組にいたんですよね…」
禅「どんな気分なんだ。元いた組織と敵対する組織にいる気分は」
零「禅一郎っ」
意地の悪い禅一郎の質問に、慌てる零雪。黒津は首を振る。
「ここは良いや。あそこは居心地悪かったからな。もう吐きそうなくらい」
おどけた様子で木から飛び降りる黒津
零「そんなに…?」
黒「ああ。あそこには目指す目的もなければ、助け合う気持ちもない。味方でさえ、スキあれば蹴り落としてやろうと考えてるような連中さ。居場所を失った、いや、自分で捨てた奴ばかりがいる、ただの馬鹿共の溜まり場だ」
零「…でも別にうちと敵対してるわけじゃないよね?ちょっと仲が悪いだけで…」
禅「どうだろうな。俺達はなんとも思ってなくても、向こうが勝手に喧嘩を売って来る。買わずにただ殴られる馬鹿などいない。…それだけだ」
黒「今や町のどこにでもいる馬鹿組の奴らがうっとうしくてしょうがない。零雪、なんとかお前の力でばーっと蹴散らしてやってくれよ。俺、見つかったらやばいしよぉ」
と、零雪に馴れ馴れしく近づき肩を抱こうとするのを、禅一郎が割り込んで引き離す。
禅「追われる身なら、さっさとどこかへ隠れてた方が良いんじゃないか?」
黒「ちっ…零雪、またな!」
黒津、姿を消す。ちょっと元気がない零雪を心配する禅一郎。
禅「どうしたんだ?」
零「いや…なんとか仲良く出来ないのかなぁ、と…」
禅「無理だな、諦めろ。…お前は会った事がないから、そんな事が言えるんだ」
零「そう…かなあ…」
禅「…考えてみろ。『あの』黒津が吐きそうになる奴らばかりがいるんだぞ?」
無表情で力説する禅一郎に、うーん…と苦笑いする零雪

・初遭遇 そして誘拐?
見回り任務で町を歩く零雪と禅一郎。ふと禅一郎が立ち止まる。
「待て」
振り返る零雪「なに?」
「鼻緒が切れそうだ」
そう言いながら、零雪の下駄を指さす。
なんだか嫌な予感…顔をしかめる二人。
禅一郎が中腰になって零雪の下駄を直している。零雪は禅一郎の肩に掴まり、片足立ちだ。
「直りそう?」
「ああ、なんとかな」
「…なあ、禅一郎、お揃いの羽織ってさ…どんなのかな」
「白地に黒衿だと聞いているが」
「…隠れた方が良さそうだ」
禅一郎が見上げると、零雪は不安そうな顔をして遠くを見ている。
その目線を追うと、白地に黒い襟のある羽織を着た二人組が見える。
「…出たか」
禅一郎は直ったばかりの下駄を差し出すと立ち上がった。零雪がそれを受け取ると慌てて物陰に隠れる。
「…お前はここにいろ。良いな、動くなよ」
「ちょ、禅一郎!?」
禅一郎は零雪の肩を押すと、行き止まりの路地を出た。
赤い髪の男「…ん?おい、お前、その刀…守護部隊の奴じゃないだろうな?」
すぐに走り去る禅一郎に慌てる零雪と罰下組の二人。
赤「…なんで逃げんの?」
緑の髪の男「…あやしい奴だな。捕まえようぜ」
赤「…ま、いいや。丁度、退屈してた所だ」
赤い髪の男は、顎に手をあて笑うと走りだした。手にした鎖が、じゃらじゃらと地面を擦る音が聞こえる。
緑「おい、待てよ、羽夛!先に殺るんじゃねーぞ!」
大きな鎌を持った男もそう言って走りだす。零雪は物陰から少し身を乗り出して外を見た。
緑の髪の男が背負った大鎌で土をがりがりと削りながら走って行く。
(ぜ、禅一郎~っ!?)
囮になった禅一郎を心配しまくる零雪。思わず、下駄を履かずに握り締める。

・馬鹿組を馬鹿にしてみる
禅一郎は橋の上にいた。左右を赤い髪と緑の髪の男に挟まれて。
緑「…はいっ、追い詰めました~っ!」
赤「…お前さあ、守護部隊の奴だよね?なんでここにいるのかな?」
禅「………」
赤「あれっ?無視?やだなあ、お兄さん、怒っちゃうよ?」
そう言いながらにこにこと笑う。
緑「もう逃げられねえよ。さあ、俺らの陣地まで来てもらおうか?色々聞きたい事あんだよ」
禅一郎は橋の下をちらりと見下ろした。水面まで結構な高さがある。
禅「お前らは自分がおびき寄せられた事にも気づかないほど、馬鹿なんだな」
赤と緑「?」
お互い顔を見合って、きょとんとする二人。
禅「見せてやろう…守護部隊を甘く見ない事だ」
禅一郎はふわりと飛び上がると、橋の手摺りに飛び乗った。
赤「なんっ!?」
緑「うわっ、危ねぇ!?(高所恐怖症)」
禅一郎は橋から飛び降りると、すぐさま鉤鎖を橋の欄干に引っ掻け、水面すれすれを円を描くように飛び、橋の反対側に一回転する。
そして、橋の下を覗き込む赤い髪の男と緑の髪の男の背中を蹴り飛ばして着地した。
赤「う、うわっ、馬鹿!」
緑「うわああぁ~ぁっ!」
禅「馬鹿はお前らだ…」
水に落ちる豪快な二つの音が辺りに響いた。

・ぜんいちろぉぉぉ~!?
零雪は物陰に隠れたまま、禅一郎を心配し続けていた。
戦いとなると誰にも負けない強さの零雪でも、敵の気配にはうとい。
下手に動いて敵に見つかって背後から不意打ちされ、刀でも奪われればもうなす術がない。
だから、こうして禅一郎を情けなく待ち続ける事しか出来なかった。
(禅一郎~、早く戻って来てよ~っ!?)
足を抱えて座り込み、下駄を握り締めて涙ぐむ零雪。ふと頭上に影が出来だのを感じて、驚いて頭をあげる。
「禅一郎?」
「…こんな所でなにしてんだ、ガキ」
見下ろすように冷めた目で睨みつけて来る…白黒の羽織。零雪は驚いて、壁の隅に避難する。
「う、うわぁ…な、なにもしてないです…」
零雪の腰にある刀を見て、白髪の男は怪訝な表情を浮かべた。
「…お前…守護部隊の奴か…?」
違います!と言いたい所だが、ここまで来てそんな情けない事を言うわけにもいかない。
零雪はとりあえず、おそるおそる頷いた。
「…仕方ない。手ぶらで帰ってもうるさいしな。…連れて帰ろ」
独り言のように呟くと、白髪の男は零雪を軽々と担ぎ、歩きだした。暴れまくる零雪。
「う、うわあ、なにするんだよ!?」
「うるせえ、黙れ」
「は、離せよ、降ろせ~っ!」
「…今、黙れと言っただろ?」
男は零雪を放り捨てるようにして降ろすと、零雪は尻餅をついた。痛い、と顔をしかめる。
「な、なにするんだよ…やめ…」
零雪が逃げようとするが、男は道を塞ぐように前に立ち塞がっている。
顎を掴まれ、顔を間近に見つめられる。
「…お前…どこかで見たような…」
(…刀!)と零雪は刀に触れようとするが、手が空振る。見ると、刀はいつの間にか二本とも男に取り上げられている。
「か、返せ!」
おぶおぶと手を伸ばすが、届きそうで届かない微妙な位置に動かされ、慌てる零雪。
「…気のせいか」
男はなにもなかったように零雪を再び担ごうとする。零雪、大抵抗!
「やだ、やめろっ!禅一郎っ、禅一郎~っ!」
零雪、涙声で助けを呼ぶ。その様子を黙って見下ろす男。
「ぜっ」と禅一郎の名を呼ぼうとした瞬間、思いっきり殴られ、軽く意識が飛ぶ零雪。がくりとうなだれる。
「禅一郎…か。なんか聞いた事あるような…。ま、気のせいか」
と、なにもなかったように零雪を担ぐと歩いて行った。

・なんでいないんだよーっ!?
禅一郎は呆然としていた。あの隠れていろ、と言った場所に零雪がいなかったからだ。あいつが俺の言う事を無視してどこかへ行くはずない…。青ざめる禅一郎。
地面に落ちている鼻緒を直したばかりの零雪の下駄を見つけ、拾い上げる。
そして慌てて、小さな桶を持ち上げて中を見たりするがいるはずもない。
…禅一郎、真っ白…
しかし、すぐにかぶりを振り、零雪を探そうと走りだした…

・誘拐犯たち
本拠地の屋敷に戻った白髪の男は、背負った零雪を部屋に乱暴に転がすと、その横に片足を立てて座った。
「…やっぱり、どこかで見た事あるんだがなあ…」
しげしげと零雪の顔を見てみるが、よく思い出せない。
そこに、べたべたじゃらじゃらがりがりという耳障りな音が近づいて来るのに気づいた。
「…いつもうるせえやつらだな…」
白髪の男は足を立てて、顔を埋めるようにして呟いた。
いくつもつけた髪飾りが擦れて、ちりちりん、と風鈴のように鳴る。
赤「馬鹿、てめえのせいでこうなったんだろ。もう無視して追いかけなきや良かったんだよ」
緑「お前が先に走って行ったんだろ?大体、いつも俺のせいにして、ふざけんなっ」
騒がしく言い争いながら、障子が開いた。白髪の男が顔を上げる。
「…うるせえ…」
「あれ、もう帰ってたんだ、八坂。 …って、なんだ、それ」と赤い髪の男は零雪を指さす。
「偉い!今日は収穫なしで久方にまた怒られんのかとひやひやしたぜ…」
びしょ濡れの二人から、畳にぼたぼたと水滴が落ちる。
八坂は膝で歩いて廊下を見ると、二人が歩いて来た通りに水の足跡が出来ている。
「…別の意味で怒られるぞ、多分…」
「あーもう今日は最悪~。見てよ、このずぶ濡れ。守護部隊の奴に鬼刃がちょっかい出してさぁ」
赤い髪の男はびしょ濡れの着物を脱ぐと、鬼刃に投げ付けた。
「冷たっ!?だーからっ!羽夛が最初に追いかけてったっつってんだろ、バァカ!」
「うるせえ、静かにしろ。…こいつが起きちまう」
八坂は再び零雪の隣に座るとじっと見つめた。零雪の眉がひそむ。
「うう~ん…」
あれ?と赤い髪の羽夛が首を傾げる。
「もしかして…」
零雪を無理やり起き上がらせると、まじまじと顔を見つめる。
「…おいおいおいおい、マジかよ…こいつ、迅木零雪じゃねえか…?」
なに!?と鬼刃が近づく。
「…迅木零雪…つーと…あの?」
へへ、と変な笑いを浮かべる鬼刃に、へへ、とつられて変な笑いを浮かべる羽夛。
「壱番隊隊長・・・か。あ、だから、見た事あったのか…」
無表情で納得する八坂
「…あれ…ここどこ…?」
零雪が目を擦りながら、起き上がる。殴られた頬がずきずきと痛む。
「うあ、起きた!?縛れ、今すぐ縛れよ!!!」
鬼刃が物凄い勢いで後ずさると、ぐいぐいと羽夛の背中を押す。
「斬られる!斬られる!!!」慌てる羽夛
「…刀ならここにはない。良いから、さっさと縛れ」
八坂が羽夛の手首を引っ張ると、態勢を崩したびしょ濡れ半裸の羽夛が零雪に覆いかぶさるようにして転倒する。
「うぐ、冷たい!」
「うあああぁぁ、ごめんね!?」
なぜか謝る羽夛。びびる零雪。とにかく今の状況が分からない。なんか知らない罰下組の人に殴られて担がれて…
この状況に気づいて、零雪は飛び起きると壁隅に避難した。恐怖で顔が青ざめる。
「…なんだ?そんなに脅えて…」鬼刃が首を傾げる。
「てゆーか、普通、脅えるでしょ」羽夛が言う。
「別に今すぐどうこうする訳じゃねえよ…お前がそうして欲しいんなら…してやるがな」
八坂は笑いながら言う。その目の奥は暗く、なにを考えているのか分からない。
羽夛が縛るための紐を手に、零雪に近づく。零雪は脅えて身を屈めた。
「や、やめろ…」
「まあ、そう抵抗しなさんな…うぶ!?」
零雪の蹴りがみぞおちに入り、うめき崩れる羽夛
「おいおい…気を抜くなよ。刀はないと言っても、壱番隊隊長さん…だぜ?」
(その壱番隊隊長と気づかずに連れ去って来たお前がなにを言う…)と怪冴な表情をする羽夛と鬼刃。
「く、来るな…やめろ、離せえ!」
無我夢中で暴れるが、殴られ、軽く意識が飛ぶ零雪
「はい、大人しくしましょうね~。…言う事聞かないから、痛い目にあうんだよ」
零雪の口端から流れる血を親指で乱暴に拭い、冷たく見下ろしながらも優しい笑みを浮かべる羽夛。
「…痛い…」
零雪は抵抗出来ないまま、紐で縛られてしまう。涙を浮かべ、禅一郎を思う。
羽「…泣いてる」
鬼「そんなに辛かったのか…」
八「………」
予想外の零雪の涙を見て、たじろぐ三人。
八「帰りたいか」
零「…帰りたい」
八「帰さねーよ、バーカ!(本領発揮)」
ぎゃははは!と突然笑い出す八坂にびびる三人。零雪&羽夛&鬼刃(なにコイツ…)

「…う…」
きつめに縛られた縄が息をする度に食い込んで痛い。我慢出来ず、つらそうな声を出す零雪
鬼「こいつを捕まえたなんて言ったら、久方、驚くだろうなぁ」
羽「…俺達、昇進?」
八「………」
久方、と名を聞いて、更に脅える零雪。…これからどうなっちゃうの!?
「あいつに見せる前に…俺達で喰っちまおうぜ」
と零雪を見つめたまま無表情で言う八坂を呆然と見る羽夛と鬼刃
鬼「バレたら殺されるんじゃないの…」
羽「…バレなきや良いんだよ、バレなきゃ」

・門前
その頃、零雪の危機を察して、なんとか罰下組の本拠地まで来た禅一郎だが、予想以上の警備の厚さに中に入るのを阻まれる。騒ぎを起こせばそれだけで零雪が危険になる。あいつらの手法はよく知っている。逆らえばどんな要人でもすぐさま消す、それが罰下組だと…
早く零雪を助けたいが、今は真っ昼間。闇に紛れる事も出来ず、焦る禅一郎…

・一睡の暖かさ
羽夛と鬼刃に絡まれる零雪を、八坂はぼーっと見つめる。壁にもたれ、片足を立てたまま。
「…もう良いだろ」
二人の間を割って入り、ぐったりした零雪の手首が紐の摩擦で赤くなっているのを見る。
羽「まだ良いだろ?あいつにやると、こいつともう会えないかもよ?」
八「…久方を呼んで来い。バレないように後始末は俺がしとく」
顎で出て行けと合図をする。しぶしぶ鬼刃は立ち上がると部屋から出て行く。羽夛はまだ未練がましそうに振り返りながら出て行った。
ぴしゃん、と障子が閉まる音と、じゃらじゃらがりがりという二人の遠ざかる音を聞いて、八坂は溜め息をついた。未だ熱が残る零雪の肩に触れる。そして苦しそうに荒い息をこぼす口にロ付けをする。
意識が薄い零雪はゆっくりと目を開く。八坂は目を閉じると、零雪の体を優しく抱き締め、名を静かに呼んだ。
…八坂? 零雪はそう聞いたつもりだったが、声は出ず、また意識が遠のくのを感じた。

・怒られるー!?
数分後。訝しむ久方を連れ、羽夛と鬼刃が戻って来た。障子を開け、誰もいないのに愕然とする二人。
久「…これはなにかの冗談か?」
羽「お、おおおお、おかしいな!?おーい、八坂っ!?」
鬼「…どうしよ…」
久「私が一分一秒無駄に出来ぬ程忙しい身だという事は知っているのだろうな?」
羽夛&鬼刃「ひぃぃ~~!ごめんなさいごめんなさい~!!!」

・返す
ぐったりした零雪を背負う八坂の姿がある。警固の者の死角になる場所から塀を登り、降りる。
顔を上げると、目の前に禅一郎が立っていた。
「これ、返す」
八坂は地面に零雪を降ろした。
「…そんなに今すぐ殺したいと言うような目で睨むなよ」
禅一郎の顔を見たまま、八坂は笑みを浮かべた。
「どういう事だ」
禅一郎の静かな声は怒りに震えている。今すぐ爆発しそうなほど、罰下組への強い憎しみと、自分への腹立たしさ。
「あのままだとこいつは死んでた。俺はこいつを逃がした。それだけだ。黙って見なかった事にしろ。…どうだ?」
八坂は見下ろすように無表情で言った。禅一郎は地面に倒れたままの零雪を見る。縄のあとや、所々が血が滲むように赤くなっており痛々しい。
禅一郎は顔をしかめる。守ってやれなかった、という激しい後悔。
「…それで良い…」
八坂は塀の上に立つと振り返った。禅一郎は横たわる零雪を抱き起こしている。
「…もう罰下組に関わるな」
禅一郎は先程までの泣き出すんじゃないかというほどの悲痛な表情を消し、いつもの無表情で八坂を見上げた。
「…いつか殺す。全員だ」
怒りに震える声を聞き届けて、八坂は少し微笑むと姿を消した。

・泣かないで
「零雪…」
優しく語りかけるような声で禅一郎は零雪を呼ぶが、返事はない。口端に残る乾いた血のあとが悲しい。禅一郎は何度も零雪を抱き締める。肌寒い風の中、冷たい零雪の体が少しでも暖かくなるように。
「…禅一郎…?」
零雪が枯れた声を振り絞ると、禅一郎は微笑んだ。零雪も少し安心して微笑む。
「…嫌な…夢を見ただけだ。大丈夫…」
零雪は禅一郎に心配かけまいと精一杯無事なふりをする。
「…ごめん。守ってやれなかった…」
目を細める禅一郎に零雪は首を横に振る。随分非道い事をされ、痛む体よりも、禅一郎の泣きそうな顔を見る方がつらかった。
「…もういいんだ。あんなに簡単に連れ去られる俺が悪い…」
零雪は禅一郎の手を振りほどくようにして起き上がる。
体に力が入らず、ふらふらと足元がおぼっかない。全身が痛い。零雪は呻いて、座り込む。
「禅一郎、もう帰ろう…」
零雪が言うと、禅一郎は頷いて着物を貸し、放り出された刀を拾った。

・戸惑い
八坂は一人、自室に戻っていた。やいやいうるさい羽夛と鬼刃の文句を、耳の右から左へ聞き流す。
どうしてあんな事をしたのか分からない。今まで情けをかけた事なんてなかった。あいつが普通の守護部隊員ではなく、壱番隊隊長だと知って、久方に渡せば二度と会う事が出来ないと改めて思った時、なんとなく嫌だった。
ただの気まぐれだ。八坂はそう思う事にした。そう思わないと、なんだか不安だった。
「…いい加減、黙れ。俺が少し目を離したスキに逃げたんだ」
ぎろりと睨まれ、黙り込む羽夛と鬼刃。
しかし、久方に散々文句を言われ、ムカついているのだ。すんなりとここで引き下がる訳にはいかない。
羽「あんなにきつく縛ってたんだ。逃げるわけがない」
鬼「何度も気を失ってたんだぞ?逃げる力なんか残ってるわけねえよ」
「うるせえ!!!」
ガン!と机を叩きつけ怒鳴る八坂に怯み、すんなりと引き下がる羽夛と鬼刃。
八坂は立ち上がると部屋を出て行こうとする。慌てて引き留める羽夛と鬼刃。
「おい、どこ行くんだよ!久方がしばらく自室謹慎だって…」
「うるせえ…」
睨みまくる恐ろしい八坂に脅え、引き留めていた手を引っ込める羽夛
鬼「…どうするよ…これがバレたら、また怒られるんじゃねえか…?」
羽「…バレなきや良いんだろ、バレなきゃ…」
鬼刃と羽夛は、とりあえず、もう寝る事にした。

・夜辻彷徨い君想う
八坂は暗くなっても尚、町を歩いていた。頭の中は、あいつの事でいっぱいだ。
もう沢山だ!叫び出しそうになって、足を止めた。見上げると月が輝いている。
どうしてこんなにあいつの事ばかり考えてしまうんだろう。無視を決め込んでも無駄だった。
赤くなった手首を思い出す。何度も流れる涙や、助けを呼ぼうと叫ぶ度に殴られ、血が滲んだ口元を思い出す。
恐怖に脅えながらも完全に服従しようとしない、あの反抗的な眼差し。
そして、何度も呼ぶんだ。…禅一郎、って…。
八坂は首を振った。色々考えていて自分が壊れそうになる。なにをこんなに戸惑っているんだ?
自分に素直になるのは簡単だ。ただ、求めれば手に入る。殴れば大人しくなる。心は手に入らなくても体はいくらでも…
でも、それじゃ満たされないのは分かってるんだ。
固い石壁を殴ると、拳に血が滲んだ。頭を抱え、座り込んだ―

・傷を癒す事が出来るなら
夜。守護部隊では、水が傷に染み、涙ぐみながら湯舟に浸かろうとする零雪の姿があった。
「~くう~っ!」
「早くしないと風邪を引くぞ」
「わかってるけど~っ、痛てててて!!!」
意地悪く水を飛ばす禅一郎の攻撃に耐えつつ、なんとか肩まで浸かる事が出来た。
「あ~…痛かった…」
零雪はなにもなかったように振る舞っているが、夜、一人になれば思い出して泣く事が予想出来る。禅一郎は水中の零雪の手首を見た。周りの視線が気になるのだろう。赤くなった手首を隠そうと手で覆っている。
零雪の手首に触れるように手を伸ばした。零雪が驚いて、少し身を強ばらせる。
「俺に触れられるのも怖いか?」
小声で聞く禅一郎に零雪は少しうつむいて首を横に振る。
「だ、大丈夫…」
赤くなった首筋を指で撫でる。零雪が慌てて、禅一郎の手を止める。
「見てる、みんな見てるからっ」
顔が赤くなる零雪を見て、禅一郎は少し笑うと手を引っ込めた。

ー零雪の部屋前
禅一郎は零雪の言葉を待っている。お休み、と一人で寝ようとしたら、呼び止めて、一緒に寝てやる、と安心させてやる。
零雪は立ち止まるとうしろを歩く禅一郎の方に振り返った。
「…禅一郎…今日は…一緒に寝て…欲しい…」
真っすぐな瞳だった。いつもは照れて絶対に言わないような台詞を今日は所々つかえつつもしっかり言った。思いがけない言葉を聞いて、固まる禅一郎。
「だ…駄目?」
おろおろと零雪は禅一郎を見た。禅一郎がはっと我に返る。
「…もちろん、良いさ」
「…ありがとう…」
零雪はほっとしたように微笑んだ。
並べた布団に、禅一郎は肘を付き横向きに寝そべると零雪の方を見た。その視線に気づいて顔だけこっちを見る。
「…今日は」
禅一郎がしゃべるのを零雪は止めた「もう忘れよう」
禅一郎からそっぽを向くように後ろ頭を向ける。
「謝りたいんだ」
禅一郎は起き上がると、申し訳なさそうな顔をして零雪の肩を掴んで顔を覗き込む。
零雪は泣いていた。
「み、見られたくないんだっ…それに謝って欲しくもない…」
涙を拭いながら、照れ笑いをする。
「今日の事はもう…忘れて…」
零雪は静かに、禅一郎の目を見て、そう言った。
まだ色々言いたい事があった。でも零雪がそう言うなら、なにも言えなかった。禅一郎は自分の布団に戻ると、零雪の後ろ頭を見ながら、夜を過ごした…

・会ってはならない 会わせたくない
数日後。元気に見回りに出た零雪のあとを禅一郎は静かに歩いている。もう二度とあんな目に遭わせたくない。もし、またあいつらに会ったら、何人殺してでも零雪だけは守ってやる。そう熱く胸に秘めて、いつもの冷めた顔で歩いている。零雪がふと振り返る。ゆっくり歩き、少し遅れている禅一郎を不審に思う。
「早くしろよ、禅一郎っ」
笑顔で手を振る。
「ああ」と禅一郎は早歩きで零雪の横に並ぶと、また歩きだした。
「なにも考えるな」
零雪は前を向いたまま、話した。禅一郎がその顔を見つめる。
「俺は大丈夫だからっ」と胸を張った。禅一郎が微笑む。
しかし、背後から気配を感じ、顔を元に戻すと振り返った。
「動くな」
禅一郎の手にいつの間にか握られていた小刀が、八坂の首元に突き付けられている。
「っ!?」
零雪がおろおろと慌てる。禅一郎と零雪は背を合わせるように立っている。
禅一郎の前には八坂。零雪の前には、羽夛と鬼刃がいたからだ。
「はいはい、そこまでですよ~っと。こいつの命が惜しければ、すぐにその小刀を捨てろ」
鎖のついた大きな手裏剣をぶらぶらと揺らしながら、羽夛が言った。禅一郎が歯を食いしばる。
いつの間に囲まれたんだ?こいつら…気配が全くない!
「貴様ら…少しでも動けば、こいつの首を…」
禅一郎の手に力が入る。八坂の首に一筋の傷が付く。零雪の瞳の色と同じ青緑色をした勾玉の首飾りがきらりと陽を反射してきらめいた。
八坂は少しも怯まずに、にやり、と笑った。
「俺、そいつどーでもいーし。むしろ死んだら嬉しい」
羽夛は笑った。零雪と禅一郎が怯む。鬼刃は大きな鎌を持ち上げると肩に担ぐ。刀に手をかける零雪を見て、鬼刃が首を振った。
「その刀、こっちによこしな。 …副長さんの首が飛んでも良いのか?」
零雪が青ざめる。禅一郎は八坂だけで精一杯だ。背を向けて戦えるほど余裕のある三人ではない。せめて抜刀出来れば、二人くらいならなんとかなる。でも、この距離で、それは絶対に無理だ…っ!
零雪は目をぎゅっとつぶった。気配を探るが全く分からない。気配に敏感ではない零雪でも、目を閉じるとなぜかいつもより探る事が出来たが、今回は違った。
いくら探っても、全く感じないのだ。まるで幻のように…
「零雪。俺に構うな。刀を抜け」
禅一郎はゆっくりと言った。零雪はそんな事出来るわけない!と首を振り、小声で「いやだ」とだけ返事した。
「副長さんの血は青いのかな~」
鬼刃が鎌をゆっくりと構えた。零雪が刀を握る手に力が入る。
「伏せろ!」
禅一郎が叫び、零雪がしゃがんだあと、ぶーん!という風を薙ぐ音がかすめた。禅一郎は立ち上がると、すかさず鎌を掴み、鬼刃ごと背負い投げる。
零雪は刀を抜き、羽夛の背後に回り込むと手裏剣の鎖を絡ませ、身動きが取れないようにする。

残るは八坂―
二人が八坂の姿を探すと、少し離れた場所から、袂に手を入れている。あいつの武器はなんだ? 零雪と禅一郎が身構える。
「…じっとしてろ。死にたくないなら」
そして笑うと、自ら回転し、懐刀を何本も投げる。零雪と禅一郎は慌てて、跳びのいた。
「うわ!」
羽夛と鬼刃に懐刀が深く突き刺さる。羽夛は木の壁に、鬼刃は地面に着物だけ刺され、身動きが取れなくなる。
「お前、なに考えてんだよ!!?」
喚く羽夛と鬼刃を無視し、零雪を見据える八坂。片手で懐刀を投げては受け、投げては受け操っている。
「何本持ってるんだよ…」うなだれる零雪
「どういうつもりだ?」
禅一郎が刀に手をかけ、いつでも抜刀出来る状態にしつつ、聞いた。
「…静かに話がしたかった」
八坂は無表情に言うと、懐刀を一本投げた。零雪の隣を掠めるのを見て、禅一郎が内心慌てる。
「零雪、俺を止めてくれ」
八坂は静かに笑うと、姿を消した。おろおろと辺りを窺う零雪。禅一郎も黙って気配を探っている。
「ここだ!」「うしろだ!」
懐刀を振りかざし、零雪に飛びかかる八坂に、禅一郎は一足速く動いていた。八坂の背後から、小刀を首に当て、動きを止める。八坂の手に握られていた木の棒が、ことりと地に落ちた。
「どうして…?」
零雪は聞いた。戦意を失って、ただ呆然と立ち尽くして。
「気を緩めるな…罠かもしれない」
八坂の首に刃を立てたまま、禅一郎は言った。
八坂はなぜか微笑む。零雪を見て、満足げに。
「やめて…」
零雪の切ない表情に気づいて、禅一郎が怯む。
「禅一郎、やめて…」
「なぜだ…?」
零雪は、そっと小刀を握る禅一郎の手に触れ、降ろした。
八坂も禅一郎も動かなかった。八坂は黙ってそれを見つめ、禅一郎は動けなかった。
「もう、争う必要なんてない…傷つけ合う事なんてないだろ…」
禅一郎は、佇む八坂と零雪の間に入ると、八坂を睨みつけた。
「…消えてくれ。俺達の前から」
八坂は無表情でそれを聞いていたが、やがて笑い出した。
「甘い…甘いよ、零雪…。功刀…あんたも…。あの日の零雪の肌のように甘い」
零雪は怯んだ。禅一郎は一歩下がると、零雪を背に庇い、小刀を構える。
「そんなんじゃ…俺は止められないんだよ」
一瞬の事だった。禅一郎が瞬きをした瞬間、八坂は消えていた。背に庇っていた零雪も。
「な!?」
離れた場所に零雪の首に懐刀を当てた八坂の姿がある。
足元には、零雪の刀。
「どうして…こんな事するんだよ…」
零雪は八坂にしか聞こえないほどの微かな声で聞いた。
「…お前が甘いからだろ」
八坂は無表情で言うと、禅一郎を見下ろすように睨みつけて、口を開いた。
「動けば殺す…簡単だろ?これからちょっと確かめたい事があるんだ」
「…信じてたのに…やっぱ悪い奴じゃないって、そう思いたか」
言い終わる前に涙ぐむ零雪の口を奪う。
零雪は驚きに目を見開く。八坂はうっすらと目を開け、微笑んでいるようだった。
「零雪、抗ってみせろ。本当に俺が嫌だと思うなら」
驚き身動きが取れない零雪の着物を破き、押し倒す八坂。禅一郎はそれを見つつも手が出せない。
「どうした、零雪…足元に刀が刺さってるだろ?あれで、俺を斬ってみろよ…」
耳元で囁く八坂に抵抗出来ないままの零雪が刀に目を落とす。
地面に突き刺さったまま、握られるのを待っている刀。手を伸ばせば、すぐに届く距離だ。八坂は懐刀を地面に落としている。試すように、わざと油断を見せている。
どうしたら良い!?零雪は八坂ごしに禅一郎を見る。なにも言わず、黙ってこちらを見る禅一郎。目は燃えるような怒りに満ちている。今すぐにでも襲いかかりたいぐらいに。
でも禅一郎は動けない。
八坂が本気になれば、禅一郎がこちらに来ようと少しでも動いた瞬間、零雪を手にかける事が出来るから。
考えている間にも、八坂は零雪の肌を露にして行く。抵抗する零雪だが、それも無駄な事だ。
「零雪、刀を取れよ。嫌なんだろ?」
荒い息に交じって、問う八坂
嫌だ。嫌だけど、斬りたくない。斬りたくないんだ!
零雪は、涙を流す。それがどんな意味なのか、八坂は横目で流れる涙を見つめつつ、考える。
「やめろ、八坂!」
零雪は叫んだ。それは脅しではなく、懇願だ。
「…見られてる…お前が一番大事だと思う人間に…ふふ、興奮するだろ?」
八坂は喉の奥で笑いながら、揺れる瞳で零雪を見る。
もう、その瞳が尋常ではない事は分かってる。それでも、斬りたくないんだ…っ
「…う、ぁっ」
耐え切れず、声を出す零雪に、八坂が微笑む。
「零雪…頼む…決めてくれ…」
禅一郎はその姿を見る事に耐えられず、地面を見つめ、うなだれた。
零雪は、八坂ごしに見える禅一郎の姿を見て、覚悟を決めた。

・さよなら
零雪は刀に手を伸ばした。それに気づいてもなにひとつ表情を変えない八坂を斬る為に。
「なんで…」
零雪は聞いた。八坂は微笑んだまま、なにも答えなかった。
刀を握る。それを見つめる禅一郎や、羽夛や鬼刃にも力が入る。
零雪は八坂を蹴り飛ばし、距離を取ると刀を構えた。そして、そのまま八坂に突っ込んで行く。
どん、という二人がぶつかった反動。零雪は涙をためた目で禅一郎を見る。そして目をつぶると大粒の涙が零れた。
「お前の方が…なんで、だよ…」
地面に膝をついたまま放心状態の八坂を残して、零雪が立ち上がる。
零雪は刺せなかったのだ。刀を鞘に仕舞うと、歩きだした。禅一郎に手を貸し、起き上がらせる。

  (ちなみにここまでの状況)
     O
 八坂→  | =半立ち   禅一郎→ ○| ̄|_ =愕然
      L

「帰ろう…」
零雪は何事もなかった顔をして、禅一郎を見た。禅一郎はそれを見て、頷いた。

・時折戸惑い君想う
「禅一郎~っ、ごはん出来たって~!」
禅一郎が文机上の本から顔を上げると、部屋の入り口に笑顔で手を振る零雪の姿がある。
あれから、あの事は話していない。もう忘れた、と零雪がいつもの顔をして微笑んだから。色々聞きたい事はあったし、言いたい事もあったが、零雪の笑顔を見ると、そんな言葉をわざわざ言う必要ないのだと感じる。
罰下組は相変わらず、守護部隊との衝突を続けているが、近頃は、あの寵篭八坂とかいう白髪左目隠しの変態やら、でかい手裏剣を振り回す危険な赤髪…八咫宮羽夛。でかい図体をして更にでかい大鎌を振り回す野蛮児、武良雲鬼刃の姿を見る事はなかった。
「禅一郎、ごはん出来たってば。歳川さん、待ってるよ?」
文机に目を落としたまま、返事をしない禅一郎を案じて、顔を覗き込む零雪。慌てて禅一郎は顔を上げた。
「…すまない。行こうか」
これまでとなにも変わっていないような日常だった。
だが、密かに流れる地球の熱き鼓動のように、もはや止める事の出来ない動き始めた大きな影がある事に、まだ二人は気づいていなかった。

「…零雪」
首の勾玉に触れつつ、八坂は呟いた。
返事のない問いかけに、いつかまた答えてくれる日は来るのだろうか。
「おーい、八坂。置いてくぞ~。食いっぱぐれても良いのか~?そんなんじゃあ、一日持たないぞ~!?」
「良いって良いって!さっさと行こうぜ~、あいつのぶんも全部食っちまおうよ~」
「…うるせえ」
八坂は、相変わらず鎖をがちゃがちや引きずる羽夛と、大鎌をがりがり引きずる鬼刃を睨みつけると
食堂へしぶしぶ歩いて行くのだった。

~夜辻彷徨い君想う(よつじさまよいきみおもう)~ 前考え了


関連記事