*常夜一片

常夜一片短編 水渇の泉 [小説]




常夜一片 短編

水渇の泉





今回の登場人物

迅木 零雪(じんぎ れいせつ)
守護部隊壱番隊隊長。天然。

功刀 禅一郎(くぬぎ ぜんいちろう)
壱番隊副長。零雪の親友。

橘 覇京(たちばな はきょう)
守護部隊総隊長。零雪ら隊長の直属の上司。
人道を大事にしている。

御賀原 桐真(おがわら きりざね)
肺を患っている四番隊隊長。
誰にでも敬語で柔和な性格だが、逆に裏があるのでは、と疑われている。裏がありそうでないが、もしかすると…

歳川 秋侍(としかわ しゅうじ)
新人教育係兼壱番隊給仕係。みんなから頼りにされている。


・あーづーいー
日照りが続く夏。水不足になる。だるだるになる零雪。
「暑い…暑いよ…」
「水浴びでもさせてやりたいが…今の状況では飲み水の確保だけで精一杯だしな…」
こればかりは、禅一郎にもどうしようもない。

・謎の社の調査
総隊長・覇京に呼び出される零雪と禅一郎。
近くにある泉が干上がり、底に社が沈めてあるのが見つかったが、無理やりこじ開けたようなあとがあり、中の御神体が盗まれているようである。
大した価値のある物ではないが、山の守り神なので、このまま放っておくのも良い気がしない。そこで調査をお願いしたいのだが、山賊や熊も出るという山の奥深くにあるので、お前達とあと一人誰か連れて行って欲しい、と言う。
零雪と禅一郎、誰が良いか相談する事に。

・とにかく桐さん以外で
零「山の中か…険しい山だから、桐さん以外だね」
禅「社を見つける前に倒れそうだからな、御賀原は」
覇「確かにそうだな。御賀原以外で頼む」
と散々な言われ方をする桐さん。
そこに桐さんが入って来る。
「山の地図、出来上がりましたよ」
何も知らない穏やかな笑みの桐に対し、なんとなく笑いを堪える三人。
「どうしたんですか?皆さん…」傾げる桐
「な、なんでもないですよ…それより、この山…すごい大変そうですね」
零雪、桐から受け取った地図を見てうなる。人がほとんど入らない山なので、木や草がとんでもない事になっていて、道は全て獣道。傾斜がきつく、どちらが麓か分からなくなる。気を抜くと迷いそうだ。
「なんなら、ご案内しましょうか?」
穏やかな笑顔の桐。えっ!?と三人が同時に驚く
「な、なにをそんなに驚いてるんですか…私はこれでも四番隊隊長ですよ。それほどの役には立ちますよ」
いぶかしげな三人の表情を見て、へこむ桐。
「ま、まあ、確かに四番隊は通称隠密部隊…道案内に向いているとは思うが…」と覇京
「お任せ下さい」と言う桐に対し
「じゃあ…お願いしようかな…でも大丈夫ですか、お体の方は…」と心配する零雪。
「山を登るくらい、なんてことはありませんよ、零雪。心配してくれて有難う」微笑む桐

・そうは言ったが
予想以上の山の険しさに息があがる三人。
「こりゃ…部隊の体力訓練に…良い…かも…な…」と息も絶え絶えになる零雪。
「山賊はともかく熊が出るんだ。そんな悠長な事は出来ないだろう」
「げほげほっ」
突然、咳き込む桐真。
「大丈夫ですかっ?」
慌てる零雪に、桐真は苦しそうに微笑む。
「大丈夫ですよ、零雪…いつものです。いつもの…」
すぐに収まるから大丈夫…と言いながらも、顔色は悪い。
桐真の病気は、命に関わるものではないものの、慢性的な咳なので治る事はない持病である。

・枯れた泉
しばらく歩くとやっと泉らしきへこみが見えて来た。ここがそうか…と調査を開始する三人。
「すごい…からからになっちゃってる…」
「前は水がきれいな普通の泉だったんですがね…。近頃の日照りですっかりこのようになってしまったようです…。あそこに、ぼろぼろになった社がありますね。あれが問題の物です」
桐真の指さす方を見ると、ちょうど中央にぽつんと時代を感じさせる小さな社を見つけた。
「随分詳しいな。地図を見ながらと言っても、ここまで真っすぐたどり着けたし…前に一度来たのか?」
「ええ。その地図を作ったのは、私です」
ぎょっとする零雪と禅一郎。
「この山を…隅々まで歩き回ったの…?」
「ええ、そうですよ。この山に限らず、部隊の任務範囲内の山は大抵地図にしてありますね。いやー、大変ですよ。大雨なんかで地形が変わったりすると一からやり直しですから…でもまあ仕事ですから」
(やっぱ、病気っていうの嘘なんじゃ…)不安になる零雪と禅一郎
「さあ、社を見に行ってみましょう!」
張り切る桐。あとに続く二人。

・消えた御神体
「たしかにこじ開けたあとがあるな」
「からっぽだ…」
「不思議だと思いませんか?外側にはこんなに苔が生えているのに、内側には全く生えていない」
本当だ…と頷く零雪と禅一郎。要するに、泉が干上がってから、何者かが御神体を盗み出した…という事か。
「でも、こんな険しい山に入って、わざわざ御神体なんか盗んでどうするんだろ…」
「売るんじゃないか。ここは山賊の縄張りなんだろう?だったら、そいつらの可能性が高い」
「私も功刀と同意見です。…実は奴らの住処らしき小屋も見つけてあるんです。調べてみますか?」
笑顔すら浮かべる桐真に
(いつの間に…やっぱ、病気っての嘘なんじゃ…)不安になる零雪と禅一郎。

・転がる御神体
山賊のアジトにやって来た三人。見張りはいないようだ。
「どうやら、今は誰もいないようですね。中に入ってみましょう」
鼻息が荒くなる桐。どうやら調査に燃えて来たようだ。
「すぐに見つかったりしてね、御神体」
笑う零雪。小屋の扉を開け、入ろうとした零雪の足が止まる。
うしろに続く禅一郎が声をかける。
「どうした、零雪」
「…御神体が落ちてるっぽい…」
え?と禅一郎と桐、零雪のうしろから覗き込む。たしかに零雪の足元に御神体らしき仏像が転がっている。
「…なんという罰当たりな」肩を落とす桐
「どうやら、町の質屋に行ったが大した金にならなかった、もしくは買取りを断られたみたいだな」
「…ひどい事するなぁ…そんなら元に返しておきゃ良いのに…」
零雪が足元の御神体を拾おうとする。
「ああぁ!」
なんだ!?慌てる禅一郎と桐。零雪が指先で弾いてしまった御神体が床を転がり、縁側を滑り落ちた。
「やばっ」
拾おうと裏手に回ろうとする零雪。
「そちらはたしか崖のはずですよ!」
「…なんだと」
禅一郎、零雪のあとを走って追いかける。
「うわあぁぁぁ!」
「零雪!」
禅一郎が零雪に手を伸ばす。
「間に合わなかった…」
崖を見下ろす零雪。視線の先で御神体が転がり落ちて行く。
「…まあ、あとで拾いに行けばいいさ…」
零雪が崖から落ちるのでは、と心配した禅一郎だったが、そこまで急な崖じゃなく、立ち止まっている零雪を見て、ほっとする。
「…この先は泉ですよ。例の社のある枯れた泉です」
追いかけて来た桐が言う。
「…自分でお戻りか。大層な事だ」
「壊れてなきゃ良いけど…」

・天誅じゃ!
「しっ。…どうやら戻って来たようです」
桐、背後の気配を素早く感じ取り、三人とも茂みに隠れる。
「人数は6で間違いありませんか」
「ああ」
「どいつから行く?見張りはいないみたいだけど」
「やっぱりやっちゃいますか。総隊長に報告する前に」
「四番隊情報部隊では報告が第一だろうが、壱番隊修羅部隊では発見次第…」
「天誅じゃ!!!」
茂みを飛び出して行く零雪。
「早っ!」
慌てる禅一郎と桐真。
「なっなんだ、お前ら!?山賊か!!?」
「てめえらが山賊だろうが!御神体を盗んだ罰当たり者め!天に代わって、この守護部隊壱番隊隊長迅木零雪が!」
「壱番隊副長功刀禅一郎が」
「よ、四番隊隊長御賀原桐真が!」
「天誅じゃ~!!!」
「はっ白魔の迅木に、氷室の功刀まで!…それに病弱隊長の御賀原までなんで~っ!?」
愕然とする山賊ども。
「びょ、病弱隊長…?」へこむ桐。
ぼっこぼこのめっためたのぎったぎたに、ちぎっては投げちぎっては投げされる山賊ども。
「悪は滅びてなんぼ!」
「ちょっと意味が違うがな」
「…無事に終わってなによりでした…」

・一に天誅、二に報告(壱番隊の法則)
縛り上げた山賊どもを連れ、部隊に戻って来た零禅桐。覇京に報告する。
覇「…ご苦労だった。まさか御神体を調べに行って、山賊を持って帰って来るとは思わなかったが…」
禅「そうですか?全て思惑通りなのでは?」
覇「…まあな。山賊だろうとは思っていたが、仕事が早くて助かる」
零「御神体はちゃんと社に収めて来ました。社があまりにもひどく壊されちゃってたんで、今、修復作業を進めています」
「これで、山の神様もやっと落ち着けるだろう」微笑む覇京。

・喜び雨
幹部棟を出る三人。
「良い事をしたあとは気分が良い!」
思いっきりのびをする零雪。
「御神体が崖を転がって行ったのを見た時は驚いたがな」
「私は零雪が山賊に飛びかかって行った時にひやひやしましたよ」
「えへへ…つい体が先に動いちゃって…。あ…雨だ」
零雪が手のひらに滴を受け止めて、天を見上げる。ぽつぽつと雨が降り、乾いた地面に斑点模様を作っている。土に染み渡る雨の匂いがする。
「随分久しぶりの雨ですねぇ…恵みの雨になりそうです」桐、微笑む。
「…山の神様が喜んでくれたのかな」
「…そうだろう」
うれしそうな零雪の顔を見つつ、禅一郎は天を見上げ、小さく呟いた。
「きっと…お前に礼を言ってるんだ…」
「ん?なんか言った?禅一郎」
「いや…なんでもない。それより、本降りになって来た。部屋に戻ろう」
「大丈夫だよ。こんなに暑いんだ。風邪なんかひきゃしないって」
笑顔の零雪が手をひらひらさせた時に滴が禅一郎の顔にかかる。
「髪が崩れる…」
「そんな事気にするなよ~」
「そりゃお前の髪は良いだろうがなっ」
禅一郎が、零雪の髪をぐしゃぐしゃとかき撫でる。
「うわあああぁ!」
「…ああ、大変な事に…」
「あっやばっ」
禅一郎とふざける内によろける零雪。慌てて助けようと腕を掴む禅一郎。零雪に覆いかぶされる桐真。
「うぶっ…大変な事に…」
「…ごめんなさい…」
「俺がついていながら…」
泥だらけになり、もはや失うものはなにもない。雨の中ではしゃぐ大人三人。

・びしょ濡れて泥だらけ
室内に戻って来た三人を見て驚く歳川。
「なんだ!?どうしたんだ、そんなにびしょ濡れになって!しかも泥が!泥が!!!」
零「…久しぶりの雨で遊んでたらこんな事に…」
禅「俺がついていながら…」
「こういう無邪気な事もたまには良いでしょう」
泥のついた顔で穏やかに微笑む桐。
歳「…明日、みんなで洗濯な…」
ゲーン!一気に後悔する三人。

・洗濯地獄
次の日、朝早くから泥のついた着物を洗濯しまくる四人の姿があった。
零「全然落ちないよ…っ、そっちどう?」
禅「…駄目だ。水じゃ無理かもしれないな…」
桐「血などがよく落ちる薬草がありますが…摘んで来ましょう」
(血!?血などがよく落ちる!?)
穏やかな桐真から聞いた衝撃的な言葉に戸惑う三人。
歳「おー、落ちる落ちる。みるみる落ちるぞ。よく落ちるなー、これは」
桐「ええ。いつも助かってます」
(助かる!?なんでいつもそんなに使ってんの!?)
戸惑って顔を見合わせまくる三人。
桐「…別に吐血してるわけじゃありませんよ…人の血ではありません…」
(なに狩ってんの!?猟友会の人!?)
穏やかな桐真の微笑みの裏を想像して青ざめる三人。
(「ふふふ…!今日は猪が十匹も狩れましたよ!今日はシシ鍋ですね!!!」)←零雪の想像
(「…また血で汚れてしまいました…獣の血は実によく飛ぶ…ふ…ふふふ…」)←禅一郎の想像
(「…血…か。…もう慣れましたよ…さあ…次はなにを狩りましょうか…?」)←歳川の想像
ひきつる三人の様子を見て、唖然とする桐真。
「…一体どんな想像してるんですか…?私は、たとえば血と言っただけです…普段は髪や体を洗うのに使ってるだけで…」
零「なんだ…びっくりした…てっきり本当は怖い人なのかと…」
桐「ち、違いますよ!…私は怖くありませんよ」
禅「お前は偽りの善人ではないと思っていたが…一瞬違うのかと悩んだ」
桐「そ、そんな!偽りなどありませんよ」
歳「てっきり猟友会の人なのかと…」
桐「猟友会!?…一体なにを想像していたんです…」
ははははは!…と実に曖昧な笑いで無理やりごまかす三人。

・お参り
零雪、禅一郎、桐真、歳川のみんなで洗濯が済んだあと、枯れた泉の社に再びやって来た。今回は歳川も一緒だ。ついでに…のはずがとんでもなく険しい道で正直死にかけた、とあとで彼は語る。
歳「結局、昨日一日しか雨は降らなかったな。このまま降り続いてくれるもんだと思ったが」
「でも今日の夕方にはまた降りますよ」
桐が空を指さす。
「雲で分かるんです。その日の天気が、大体ね」
「やっぱり、この神さんの御利益なのかもなー」感心する歳川。
「ありがとうございます!…早く泉が元通りになりますように」
社の前に座り、手を合わせる零雪。
禅一郎もその隣に座り、無言で手を合わせる。
(零雪がずっと健康でいられますように)
桐「部隊の活動が上手く行きますように」
歳「もっと美味い飯が作れるようになりますように」
「それ以上、おいしくなっちゃったら、もっと止まんなくなって困っちゃうよ」零雪が笑う。
「…叶ったら、また礼を言いに来ないとな」
禅一郎がぼそりと呟く。歳川がぎょっとする。
(またこの山登るの!?ていうかみんななんで全然平気そうなの!?…やだ~っ!次は死ぬ~!絶対死ぬ~!!!)
「それじゃあ、そろそろ帰りますか。…また雨が降って、泥だらけにならないうちに」
と、ふふっと桐は笑った。
(あんな目に会うのはもういやだ…)全員、今朝の洗濯地獄を思い出してへこんだ。
「それじゃあ、また来ます」
零雪は立ち上がると、社を見た。社の格子から見えた御神体が少し笑った気がして
気味が悪かった。(気味が悪かったのかよ!)

・みんなで帰ろう
雨が降る前に、とそそくさと山を降りる四人。ぱらりぱらりと雨が降って来る。
零「うわ~!降って来た!」
禅「まずいな。このままじゃ昨日の二の舞だぞ」
桐「まだ麓までかなりありそうですが…」
歳「…みんな、今度は四人分だぞ…」
青ざめる四人。
「いっ、いやだ~っ!!!」走りだす零雪。
「おいっ、滑るぞ!」
禅一郎が呼び止めた瞬間、見事に滑りこける零雪。禅一郎も巻き添えにして。
「いててて…ごめん、禅一郎…」
「…いや、ケガしなかったか?」
「うん…でも…」
と立ち上がり、泥に汚れた袴を見せる。青ざめる四人。
「…もうお前は裸で暮らしたらどうだ…」つい本音が出る禅一郎。
「うっ…」
自分のふがいなさに涙ぐむ零雪。きゅんとする三人。
「…さあ、みんな…分かっているな?」
禅一郎がうしろの二人を見る。
「ああ、禅さん…分かっているとも…」
歳川が観念した、でも晴れ晴れした笑顔で頷いた。
「ええ、勿論です…」
いつもの穏やかな笑みで桐真も頷く。少し泣いているようだった。
もはや失うものはなにもない。雨の中ではしゃぐ大人四人。

・再・洗濯地獄
まだ雨が降り続ける中、室内で泥まみれの着物と格闘する四人。
零「もうやだ~!」
禅「我慢しろ!お前が一番先に汚したんだ!」
歳「こっちはだいぶ落ちたが…俺が代わろうか…?」
桐「私の方もかなりきれいになりました。零雪、貸してごらんなさい」
禅「どうしてそうやって甘やかすんだ」
(お前に言われたくない…)うつむく二人。
零「くすんくすん…」
禅「泣くな」
零「…っ!」
歳「怯えてるぜ、禅さん…やっぱり俺が…」
桐「いえ、私が」
「……………俺がやる!」
零雪の着物を奪うと勢いよく洗い出す禅一郎。
零「あ…」
歳「結局、こうなるのか…」
桐「あれまあ…素直じゃありませんねぇ…」
「禅一郎…俺、自分で洗うよ…」零雪が手を伸ばす。
「じゃあ、俺のでも洗ってろ」禅一郎が自分の着物を渡す。
「でもこれもう全部落ちてるじゃん!」
「じゃあ、返す」
零雪が着物を見ると、もうすっかり綺麗になっていた。
零「早っ!」
禅「…疲れたな…」
歳「お疲れさん!…じゃあ、美味い飯でも食って、回復しようか!」
零「飯!?」
桐「これから作るんですか?」
歳「そうだ!…みんなでな!」
零「…よ、よし、作ろう!」

・痺れ地獄
よろよろと零雪は立ち上がった。が、同じ姿勢で足が痺れていたため、派手に転んだ。禅一郎を巻き込んで。
零「いててて…うっ!足が!足が変になってる!」
禅「…お前…」
零「いたたたたたた!!ぎゃー!足を触るなー!!!」
禅「お前が俺の上からどけばやめてやる!」
歳「…もうどうしようもないな…」
桐「…そうですね…」
歳川は零雪を助けようと立ち上がった。しかし、即座に地面に倒れ込んだ。
ぉぉ…○| ̄|_ ←こういう感じ
「歳川さん…あなたもですか…」
桐真は横目で歳川を悲しそうに見たあと、立ち上がる。
「では、私が零雪を助け起こしてあげま…うっ!」
そして、同じように地面に倒れ込んだ。
「ほんじつの やまあるきがこれ ひびきけり…」
桐真は苦しそうに一句読んだ。
禅「で、いつになったらどいてくれるんだ?」
零「いや…まだだ…今、動くと俺は死ぬぞ…」
禅「…それは困る…」
歳「俺は…っ、俺は飯を作るんだ…くっ」
桐「ああ…っ、こんなに痺れたのは久しぶりですね…っ」
四人の大人が、それも隊長と副長と新人教育部長が倒れてうなり続けている場面は、異様な光景だった…。

・苦労の先の飯
食堂に四人の姿がある。夕食時間を過ぎているため、他の隊員の姿はない。
零「おなかすいたおなかすいた」
禅「…ちょっと作り過ぎたんじゃないか…?」
机の上の山盛りの食事に怯む禅一郎。
歳「ふっふ…今日は俺も疲れた。俺は料理を作るとなんか元気が出るんだ!だから、作って作って作りまくってやったのさっ!」
歳川は握り拳を天高く掲げると高笑いをした。いつもと違う歳川の様子を見て、三人が怯む。
零「なんか今日の歳川さん、ちょっと壊れてるよな…」
禅「…見なかった事にしてやってくれ」
桐「大人ですから、色々苦労もあるんでしょう…」
しみじみと三人共頷いた。
「さあ、食おうぜ!作って作って作りまくったあとは、食って食って食いまくれ!うりゃー!!!」
いきなり全速力で飯をがっつき出した歳川を見て、三人が怯える。
零「いつもの歳川さんじゃない…なんか…悪い事しちゃったかな…」
禅「…忘れてやってくれ」
桐「大人ですから、たまにいつもと違う自分を発見して、驚いたりするものです」
しみじみと三人共頷いた。
歳「食わないと俺が全部食うぞ!ほれほれ!」
零「あっ俺も食いますよ!いっただきまーす!」
禅「…誰も見てないと良いんだがな…」
「?…なにをですか」食事の手を止めて、桐真が聞く。
禅「すべてだ…すべて…な」
と苦々しく笑うと、箸を手に持った。
桐「すべて…ね。…まあたしかに…見られて困る事だらけでしたね、今回は…」
零「うぶっ」
禅「ゆっくり食わないからむせるんだ」
零「うー」
禅「ほら、茶…」
零「あつっ」
禅「………」
零「いてーっ、舌、火傷したーっ」
「…俺が冷ましてやらないと、茶も飲めないのか、お前は」
「ちっちがっ。やだなあもう。少し慌てただけだよ」
つい本音が出る禅一郎に、慌てる零雪。

・いつから?ねえいつから?
そこへ主隊長威衛門がやって来る。
「お前ら…随分遅い夕食だな。仕事か?」
「いえ…ちょっと色々あって…」と笑う零雪。
「…ふむ…色々…な」
にやりとする威衛門。不吉な予感を感じる禅一郎。
威「…いや、それにしても、大変だったな」
零「えっ!?」
威「御神体の話だ」
零「ああ…はい、大変でした…」
威「社の修理も無事済んだそうだ。良かったな」
零「はい!」←元気いっぱいにっこり
威「御神体も無事で良かった…」
零「はい…」←肩を落としてがっくり…
威「あれだけ転がって、よく壊れなかったものだ」
ぎょっとする三人。
零「…え?」
威「ふふ…」
零「…主隊長?」
威「…ほう…着物も随分綺麗になったじゃないか、今度、落とし方を教えてくれ」
ぎょっとする四人。
「な、なななん、なんで…」つい慌てふためく零雪。
「…ごくっ」つい生唾を飲み込む歳川さん。
「…はは…」つい意味のない笑いを浮かべてしまう桐真。
禅「…お見通し…ですか」
威「まあな」
禅「いつから見ていたんですか?…あなたも人が悪いですね」
威「部下を見守るのも大事な仕事だ。…まあ、黙っておくつもりだったが、あまりにも面白かったんでな」
零「…面白かったんですか…」
禅「そりゃ良かった…」
「ははははは…なぁ、おい!ははははは!」
歳川がひきつり笑いで桐真を肘でつつく。
「えっ?あ、あぁ…あははは…そうですね、ははははは…」
零「ははははは…」
禅「ふっ…ふふふふふ…はーっははははは!」
(いや、その笑い方は怖いだろ…)←禅一郎以外の全員の心の中
「あ…どうです。主隊長もご一緒に」
歳川は威衛門に料理を勧めた。
「そうか…いや、実はこれから飯でな。というか、ずっとお前達を見ていたんだから、当然だがな」
威衛門はどかりと座ると、豪快に食べ出した。
「…いっぱい作ってて…良かったね…」
零雪が小声で禅一郎に話しかける。
「歳川が壊れて異様に沢山作ったねも、あいつの怨念でそうなったのかもな」
禅一郎がぼそりと返すと「ぷっ」とつい零雪が笑う。
「…そういえば、明日は早朝に全隊集会がある」
威衛門が言うと、みんなぎょっとした。たしかにそうだった。こんなにくたくたで明日は筋肉痛間違いない。それなのに全隊集会…っ!
「…だが、仕事が入ってな。急遽、なしになった」
「え?」
みんな、きょとんとする。
「…ふふ、黙って見ていた詫びは、それで構わんだろう?」
威衛門はにやりと笑うと、みな、嬉しいような、なんとなく恐いような複雑な笑顔になった。
「でだ。今日はみなで飲み明かさないか…?つまみの話はいくらでもある事だしな」
「勘弁して下さい!」
泣きそうになり、立ち上がる零雪。その腕をがしっと威衛門が掴む。
「!?」
「…嫌とは…言わないよな…?全隊集会は…嫌だろう」
威衛門がにやりと意地悪く笑う。
「やれやれ、それが目的か…」禅一郎が溜め息をついた。
「主隊長の酒に付き合ったら、みんな全隊集会どころか明日は一日出られないぞ」
怯えた様子で歳川が言うと、桐真がぎょっとする。
「…あ、私は仕事がまだ…」
「休め。今日は終わりだ。私に付き合え。…いいな?」
もう、いいえ、とは絶対言えない空気が食堂中にたちこめていた…

・旅は道連れ
「作間」
零雪が受付の裏にある作間の部屋の障子を開いた。作間は机で本を読んでいたが、慌てて立ち上がる。
「どうしたんだ、零雪!一人か!?なんだ、菓子が食いたいのか?!それなら、ここに沢山…っ」
「えっ、食う食う!」
零雪が目を輝かせ、作間に近づこうとするのを禅一郎が止める。
「悪いが、少し来てくれないか」
「ちっ、なんだよ。功刀もいるのかよ」
「最近なんだか露骨に言い出したんじゃないか?」
「菓子も持ってさぁ…ねえ、一緒に飲もうよぉ」
零雪が菓子欲しさに身をよじりながらねだる。
「持ってく!持ってくし、飲む!!!」
「菓子はいらん。お前だけ来い」
「菓子もいるー!!!」
「こんな時間に甘いものは駄目だ!」
「食べたい…」
「良いじゃないか、少しくらい」
「痛い目見て泣くのは零雪だ。お前はそれで、本当に良いのか?お前が泣かした事になるぞ。もしそうなったら、俺は刀を抜くがそれで本当に良いんだな?」
禅一郎の顔がマジだ。しかも笑ってる。
作間は怯えた。そこまで言われて、菓子を持ってく気になどなるわけがない。
「…悪いな、零雪。明日…沢山やるから…なっ」
「あ、ああ…分かったよ。作間が来ればそれで良いんだ」
「えっ、俺が…?(そんなに俺に来て欲しいのか零雪?ああっ、そんなに俺が大事なのか、零雪~っ!)」
ぽわーんとする作間。
「行くぞ…次は委守だ」
「ささっ、こっちへ!」
「委守も誘うのかよ!?」
委守の部屋前で委守をまんまとちょろまかす二人。作間はまだ事情が飲み込めない。一体これからなにをするんだろう?
「ねえねえ、なにをするのさ~」
「そうだよ。みんなで酒でも飲むのか?」
「楽しいよ~、へへへ…」
「たーっぷり飲めるぞ~」
これからの地獄を思うと泣けて来て、少々壊れている。そんな二人に怯える作間と委守。
「じゃあ、行こうか!」
零雪は食堂の戸を元気良く聞いた。
そこに大量の酒瓶、酒樽に囲まれた主隊長の姿を見て、四人共凍りつくのだった。

「ようこそ。さて…朝まで付き合ってもらおうか…」

(あああああぁ~!!!)←零雪、禅一郎、桐真、歳川、作間、委守の心の悲鳴

―結局、次の日は早朝から雨で、全隊集会はたとえあったとしても中止の天候だった…
…でも、どっちにしろ主隊長の命令は絶対だった…はず…。…お疲れ様…




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