*常夜一片

常夜一片短編 零雪の風邪 [小説]




常夜一片短編

零雪の風邪




〜本作はBL要素があります。
生暖かい気持ちでお読みになられないかたは、そっとお戻りくださいませ〜


「う~っ…」
朝からなんだか零雪の調子が悪い。先程から何度もうなってはしゃがみこんで立ち上がるの繰り返しだ。
「大丈夫か?やっぱり今日は休んだ方が良いんじゃないか」
禅一郎はちらちらと零雪を見ては、どこが悪いのか考えているが、さっぱり分からない。
やっぱり…ああするしかないか。禅一郎は零雪に近づくと手を伸ばした。
「…熱いな」
「うぅぅ…」
「調子が悪いのならそう言え。無理をするとどんどんひどくなるぞ」
禅一郎は零雪の額から手を離すと寮に戻るように促した。零雪はしぶしぶ頷くと一言、ごめん、と謝って立ち去った。元気が取り柄の零雪でも、突然軽い風邪を引く事がたまにある。幼い頃は頻繁に熱を出すような体の弱い子供だったらしいが。

寮に戻った零雪は布団を敷くと横になった。体がだるいのとなんだかふわふわする。気分はそんなに悪くなかったから、部隊に顔を出した。けど時間が経つにつれ、つらくなって行く。無理するから熱が出たんだ、と禅一郎は言い、部屋で大人しく寝ていろ、と無理矢理帰された。
なんで風邪なんか引いたんだろ…みんなに迷惑をかけてしまう。
そういえば、禅一郎は一度もこうして休んだ事なんてないな。子供みたいにいきなり熱を出して寝込んでしまうのは自分だけだ。自己管理というやつが出来ていないのかもしれない。隊長なのに、そんな事も出来ないなんて…。だ、駄目だ駄目だ。体が弱ると心まで弱くなる。今は早く良くなる事だけ考えないと。零雪は目を閉じた。


しゃりしゃりと音がする。かすかに瑞々しい香り。零雪は目を開けた。顔を少しひねって横を見ると、禅一郎が座って林檎を剥いている。
「起きたか」
「今…何時?」
昼前だ、と禅一郎は林檎に目を落としたまま言った。零雪が眠って、三時間程になる。そういえば、おなかが空いた。具合が悪くても腹だけは減るものだ。
「食欲はあるな?」
「うん…」
「林檎、食えよ」
禅一郎は笑顔で林檎を薦めた。見ると、林檎は兎の形をしている。
ぷっ
零雪は吹き出した。禅一郎が兎の形に林檎を切るなんて!
「なにがそんなにおかしいんだ」
「いや…くっくっ…あははははっ、禅一郎、器用だな!」
「まあ、お前よりはな」
料理下手な禅一郎でも包丁さばきはなかなかのものだ。二個、三個と兎が出来て行く。零雪は起き上がると手を伸ばした。瑞々しい林檎の甘さが口に広がる。
「美味しい」
「歳川の差し入れだ」
「有難う、禅一郎」
「ああ」
包丁を置くと、零雪の額に手を置いた。
「まだ熱いな。氷嚢を借りて来ようか」
禅一郎の手は冷たい。ひんやりして気持ち良い。それと、零雪を心配する真剣な眼差し。
…なんだか照れる。
「大丈夫だよ」
禅一郎は首を振る。
「お前はいつも大丈夫じゃない時に限ってそう言う。行って来る」
禅一郎は立ち上がると部屋を出て行った。
本当に大丈夫なのになぁ…、零雪は自分の額に手を当てた。うーん、やっぱり熱い。気分はそんなに悪くないんだけど…寝てれば治るよな。零雪は兎林檎を三個ほど食べてから、再び横になった。


障子に影が出来る。禅一郎かな?それにしては随分早いけど。
「入るぞ」
障子が開く。
「歳川さん」
零雪が起き上がろうとするのを、歳川は手で制した。
「いいよ、そのままで。大丈夫か?禅さんに聞いてね。熱があるんだって?」
「うん…でも大丈夫…寝てれば治るよ」
「そうか…無理するなよ…早く良くなるといいな」
「うん…あ、林檎有難う。すごく美味しかったです」
歳川は零雪の横に置いてある皿を見て、心の中で大爆笑した。

禅さん!?禅さんが林檎を兎に!?くっくっくっ…だ、だめだ!笑いが止まらん…!!!

歳川の不審な表情に零雪が不思議がる。歳川は笑いを堪えるので必死だ。
「今はたくさん食べて、早く良くなれよ」
そう言うと、そそくさと部屋を出て行った。慌てて零雪が礼を言う。障子に映る影が手を挙げて立ち去って行く。

歳川は零雪の部屋から離れた途端に、表情を崩すと廊下に倒れ込み、腹を抱えて笑い出した。
「禅さんが…っ、あの禅さんが林檎をー!!!」
「林檎をどうしたんだ?」
「げっ!?」
振り向くとうしろに作間が立っていた。なにやら怪訝な表情だ。
「な、なんだ作間か…はは、なんだ?なにか用か?」
冷や汗がどっと出て来た。慌てて立ち上がる。まさか、見られてないよな?今の。
「なに繕ってるんだよ。腹抱えて笑ってたくせに(それもぶっ倒れて)」
作間がにやにやと笑うと歳川は怯んだ。
超見られてる!?
「功刀が林檎をどうしたって?」
やばい…作間の馬鹿に知られたら、今日の夕飯時には隊員全員に知られる事になるぞ…
落ち着け、落ち着くんだ、俺…
歳川は深呼吸した。
「いや…、禅さんに林檎を差し入れしたんだよ」
ふーん、それで?と作間は興味津々だ。
「それでって…それで終わりだよ。ハハ」
乾いた笑い。
「それで終わりってこたぁないでしょう、だ・ん・な!」
「ハハ…零雪が…風邪を引いたらしくてね…」
「ああ、聞いたよ。休んでるみたいだな」
にまついた作間が真顔になる。歳川はなんとか話をそらそうと必死だ。
「今、見舞いに行って来た所なんだ」
「はは、そうか。それで功刀が林檎をどうしたんだって?」
しつこいー!?
歳川は怯んだ。なんでこいつこんなに勘が鋭いんだ?こいつ、ただの事務員だよな?
「いや、林檎美味かったって…ただ、それだけの話」
「へぇ…それで、功刀が林檎をどうしたんだって?」
しつこすぎるー!?
歳川は怯んだ。なんでこいつこんなにしつこいんだ?隠密部隊の人間じゃないよな?ただの受付の男のはずだよな?
作間はにやにやと笑った。底が知れない。歳川は作間の裏を見た気がして、少し恐ろしくなった。
「いや…お前も行かないのか?お見舞い…」
「行くよ。で、功刀が林檎を…」
「俺がどうしたんだ?」
ぜんいちろー!?
歳川と作間は怯んだ。二人の背後に禅一郎が怪訝な表情で立っている。
「先程から聞いていれば、俺が林檎をどうだのと何度も…一体なにが知りたいんだ、作間?」
いつから聞いてるのー!?
歳川と作間は怯んだ。禅一郎は謎の笑みを浮かべている。
だから、その笑顔が怖いんだってば!?
歳川と作間はお互いの顔を見合わせた。…ここは一時休戦して協力しあおうじゃないか…
「言いたい事があるなら、言え」
低い声で禅一郎が言う。目が、笑っていません。
「いや、別になにも!?あ、そうそう…零雪、早く良くなると良いねふぇ!」
歳川の声が裏返る。慌てて作間もフォローする。
「これから、お見舞いに行こうと思ってた所なんだ。功刀も行く所だろ?じゃ、行こうか」
禅一郎は無表情で黙って突っ立っている。
だから、その無言の間が怖いんだってばー!?
歳川と作間は怯みついでにお互いの顔を見合わせた。走って逃げたい!その強い衝動を胸に抱いて。
「そうか…歳川は行かないのか?」
禅一郎はふっと笑顔になった。歳川と作間は胸を撫で下ろす。
「ああ…俺は今行って来た所だ。あとで粥でも差し入れるよ」
「すまないな…有難う」
「それじゃあ、行こうぜ」
歳川は早歩きで禅一郎達から離れた。今度こそ、誰もいない事を確認してから、廊下に崩れ落ちた。
「怖かったー!!!」
「なにがそんなに怖かったの!?」
えー!?
歳川が振り返ると、そこには委守がいた。


「零雪、入るぞ」
障子を開けると零雪が立ち上がって体操をしていた。
「あ、作間~」
「…なにしてるんだ…」
見て分かるだろ、と零雪はぶんぶんと手を振ってのびをした。
「なんだ、元気じゃないか」
「そんな訳がない…零雪、早く横になれ。さっき熱が出た人間がそう良くなるもんか」
「でもなんか…落ち着かなくて」
作間がふと視線を落とすと布団の横の皿が目に入った。
林檎…兎…功刀…
作間の頭に電球がピカーンと光った。(時代背景おかしい)
「これか…」
笑いを堪え、禅一郎に表情が見えぬように顔をそむけ、作間が悶える。その様子を横目で禅一郎が監視するように見ている。
い、今は笑わない…笑えないぞっ…
作間はもじもじと動くと尻を両手で力いっぱいつねった。
「ちぇ」
零雪は照れ笑いを浮かべると布団に寝転んだ。
「大人しくしていれば、すぐに良くなる。それまで我慢しろ」
禅一郎は布団の隣に座ると、優しく微笑んだ。作間も慌てて、禅一郎の向かいに座る。
「どれ」
作間が零雪の額に触れる。熱い。
「まだだいぶあるみたいだな…動いちゃ駄目じゃないか」
「えへへ…」
禅一郎が氷嚢を零雪の額に置いた。冷たくて、零雪がしかめっ面になる。
「冷たいぃぃぃ…」
「どうだ…?気持ち良いか…?」
その言い方、なんか妙に引っ掛かるな…と作間は怪訝な表情だ。
「零雪、早く良くなれよ」
「うん…有難う…」
零雪が力無く笑う。やはり辛そうだ。
作間は少し可哀想になって、今すぐ俺に移して早く良くなりなよ、と抱き締めたい所だったが、禅一郎の前でそんな事をするのは自殺行為なので、なんとか思いとどまった。
「入るぞ~」
歳川が粥を差し入れに来た。委守も一緒だ。
「あ、委守だ~」
「零雪、大丈夫!?歳川さんに聞いて、すごい心配したよ」
「委守も粥作るの、手伝ってくれたんだよ」
「風邪に効く体に良い薬草がいっぱい入ってるから、きっとすぐに良くなるよ」
「薬草?」
それって苦い?と起き上がりながら零雪は聞いた。委守は微笑んで首を振る。
「大丈夫。苦くない美味しいやつばっかりだよ。たくさん食べて早く良くなってね」
「うん…有難う。みんな…心配かけてごめん…」
零雪は微笑んだあと、少し目を伏せた。
「こればっかりはどうしようもないから」
と委守は笑った。歳川も頷く。
「俺も結構、風邪引くんだよ」
作間が笑いながら言うと
「そうなの?」
と零雪が驚く。
「みんな、そういうもんだよ」
歳川が言う。
「一日寝れば治るから、気づかれない事も多いけど」
作間が言ったあと、禅一郎が口を開く。
「お前は受付にいない事が多いから、特に誰にも気づかれないな」
うっ、と作間が怯む。
「零雪は特に頑張り屋さんじゃから、ちょっと疲れたんだよ~。しっかり休んだらすぐ元気になれるよ」
委守がにこにこと言うと、零雪が頷いた。
「俺もっ、俺も頑張ってるから、ほんとよく風邪を…」
「頑張らなくても体壊すやつもいるけどな」
作間の言葉を遮って、無表情で呟く歳川にびびる全員。
「気にするな。お前が元気になれば、それで良い」
禅一郎は零雪に笑いかけた。みんな、微笑んで零雪を見つめる。
零雪はそれが嬉しくて笑う。
安心した。みんなそうなんだ。俺だけじゃなくて、みんなそうなる。俺だけじゃなかったんだ…

「じゃあ、ゆっくり食べて、早く元気になってくれよ」
歳川が立ち上がると委守もそれに続き、手を振った。
「元気になったら、また稽古しよう」
「そいじゃあ、俺もそろそろ受付に戻りますかね」
作間もしぶしぶ立ち上がる。
「みんな…有難う。俺、早く良くなるから」
「うん」
みんな、それぞれに優しく微笑むと部屋を出て行った。一気に人がいなくなり、部屋には零雪と禅一郎の二人きりになった。

「食うか?」
「…うん」
禅一郎は湯気のたつ粥を掬うと、息を吹きかけた。粥と薬草の優しい香りが零雪の鼻に届く。
「お、俺…自分でするよ…」
慌てて手を伸ばすが、禅一郎は渡そうとしない。
「…良いから、じっとしてろ」
そして、さじを零雪の口元へ運ぶ。
「…~っ…」
「恥ずかしがるな」
「そんな事言われても…」
や、やっぱり自分で!と零雪はさじを奪おうと手を出した。その手をひょいとかわし、禅一郎が微笑む。
「大人しくしないと、無理矢理食わせるぞ」
零雪は「うっ」とうなると、諦めたように手を引っ込めた。禅一郎が差し出すさじに素直に口を開く。
「もぐ…うん、美味しい…」
「熱くないか?」
「うん…」
禅一郎はまた粥を掬うと息を吹きかけて冷ます。その息が零雪の首筋にもかかって、くすぐったい。
「ぜん…いちろう…」
「なんだ?」
「有難う…」
「どうしたんだ、急に」
「いつも…迷惑ばかりかけて…ごめん」
「迷惑だなんて思った事はないな」
「でも…俺、いつも…」
「なんだ?悪いと思ってるなら、とんだ勘違いだぞ」
そう言ってから、さじを零雪の口元へ。零雪が口を開く。
「あつっ」
「大丈夫か?」
慌てた様子の禅一郎を見て、零雪がくすくす笑う。
「じょうだーん」
「お前な…」
零雪と禅一郎は笑った。

「早く、良くなれ…」
「…うん…」

―次の日
零雪が笑顔でなにかをからころと口の中で転がしている。
「なにを食ってるんだ?」
「氷砂糖だよ。作間に貰ったんだ。快気祝いだって。禅一郎も食う?」
見ると零雪の手に氷砂糖がいくつも入っているであろう袋が握られている。
「いや…いらない…」
「禅一郎って甘いの苦手じゃなかったよな」
「お前が…」
と言いかけて、やめる。零雪が?という顔をする。
「どうしたんだよ」
「いや…なんでもない。お前も病み上がりだし、無理をさせても…な」
禅一郎は不敵な笑みだ。零雪は隠し事が大嫌い。なんなんだよ?としつこく聞く。
「それなら言うが…」
「うん」
「お前が口移しでくれるなら、喜んで貰う」
「ふごくっ」
零雪はむせて氷砂糖を飲み込んでしまった。慌てて胸を叩く。
「やはり言わなかった方が良かっただろう?」
禅一郎は無表情のまま、零雪の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「げほっ…ば、馬鹿…」
食べかけでだいぶ小さく溶けていたので、すんなり喉を通過して行ったようだ。
零雪の顔が赤くなる。
「なんだ?」
禅一郎はしたり顔で問う。零雪はあわあわと首を振った。
「もう、やらないよ」
氷砂糖が入った袋を隠すよう禅一郎に背を向けて歩き出そうとした瞬間、禅一郎が肩を掴み、無理矢理振り向かせる。
「むぐ!?」
瞬間の口付け。
「…なるほど、甘いな」
「ばっ…」
こんな誰が見ているかも分からない渡り廊下で突然そんな…!
「ごちそうさま」
と笑顔で禅一郎は零雪に背を向けて歩き出した。零雪は呆然とその様子を眺める事しか出来なかった。




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