常夜一片 短編

今日は行水日和






暑い!
暑いといったら、夏。夏といったら、暑い。
もうこれは、行水しかない!!


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功刀禅一郎は襖を開けた。畳の上に伸びた迅木零雪を見て「今日は暑いな…」と漏らす。
零雪は禅一郎を見るなり、うぅ…と寝返る。どうやら、完全に熱にやられているらしい。
「暑い…もう駄目だ…。禅一郎どうにかして…」
「どうにか、と言われてもな」
禅一郎は、ふーむ、と少し考えてから
「じゃあ、水浴びでもするか?少しはマシになるだろう」と笑う。
「うん、そうしよう!」
零雪は現金に飛び上がると禅一郎の前に正座した。
「物置の中に特大のたらいがあったはずだ、それを庭に出してくれ」
「うん、分かった!」
零雪は禅一郎の指示を受け、元気良く縁側にある草履を突っかけると物置へ走って行った。
その様子を見て、禅一郎は優しく微笑む。

がたがたと物置を引っ掻き回す音がする。なんだ?と斑鳩威衛門は二階の窓から外を覗いた。
物置で、零雪がなにやら取り出そうとしている。
ははーん、さては行水でもするんだな、威衛門は顎に手を当て思った。
そして、誰にも気づかれぬように主隊長室を出て、一階へ降りて行った。

「禅一郎~!早く水、水!」
「そんなに騒ぐな。ほら、お前も運べ」
禅一郎はそう言いながら、水がたっぷり入った桶を縁側の傍に置いたたらいに移す。
「面倒くさいなぁ…井戸の近くで良いのに」
と零雪は桶を拾いながら口を尖らせた。
「そう言うな。井戸の周りは人目につくからな。見世物にするようなものでもないだろう?j
と禅一郎は意地悪く笑う。零雪は「それは嫌かも」と苦笑い。
零雪が三度程、井戸とたらいを往復すると水が目一杯張った。
その様子を見て禅一郎がひるむ。
「おいおい、そんなに一杯にしたら溢れるぞ」
「平気、平気」
あまり庭を泥状態にしないで欲しいんだが…と、洗ったばかりの着物が干された物干し竿を見ながら思う。
「零雪、着物はこれに入れろ」
と禅一郎は、小さな桶を零雪の近くに置いた。
「よし、有難う!」
勢い良く着物を脱ぐ。それを禅一郎が手伝い、桶の中に畳んだ。
ざぶん、とたらいの中に飛び込む。水飛沫のとばっちりを受けて、禅一郎が苦笑いする。
「おいおい、洗濯したばかりなんだから気をつけてくれ」
「ごめんごめん」
そう言いながら水で遊ぶ手を緩めない。頭を水につけて、ぶるぶる振った次は、仰向けに全身潜る。
言っても無駄か…禅一郎は溜息をついた。

「ふえ~…気持ち良い…」
「それは良かった」
禅一郎は泥のはねた着物を物干し竿から取り込んで桶に入れつつ、そう言った。
顔は、不機嫌と呆れと仕方がないという複雑な表情。
「禅一郎も入れば良いのに」
「一人用だ」
「ちょっと無理すれば入れるかも…」
「無理だ…」
それから、わーい、と言って零雪が禅一郎に水をかけた。禅一郎は一瞬ひるみ、笑顔を引きつらせる。
「お前は…いい年をしてみっともないぞ!」
と言いつつ、水を桶ですくうと零雪の頭に勢い良くかける。
「ぷわっぷ…やったな、この!」
もうこうなるとお互い周りの事が全く見えなくなって来る。
泥の少しはねただけだった洗ったばっかりの洗濯ものも今はもう茶色の泥だらけ。縁側も水浸し。
禅一郎の服はびしょ濡れ、たらいの中にはもう水がない。
「あ…」
と零雪と禅一郎はお互い顔を見合わせた。
「水がなくなっちゃった…」
「お前が悪いんだろう?」
「禅一郎が桶なんか使うからだろ。卑怯だぞっ」
ははは、と笑いながら、周りの様子を見て、やばい、とひきつる禅一郎。襖にまで泥がはねている。
さて…と、禅一郎は自分の着物の水を気休めに搾り、上半身脱いでから、散乱した泥まみれの洗濯物を拾い桶へ。
それから雑巾で掃除を…と縁側へ上がるうと思った瞬間、踏み石の泥に足をとられ、すっ転んだ。
桶に入った洗濯ものが宙を舞う。たいした転倒ではなかったが、禅一郎の草履が高く飛んだ。
その様子を見て、まだたらいに入ったままの零雪が大笑いする。
誰のせいでこうなったんだ…。とほほ、と禅一郎が起き上がる。
「お前もいつまでも空のたらいに入ってないで、掃除しろ」
「暑い…」

それから、零雪と禅一郎は縁側を雑巾がけし、着物の泥を落とすのに四苦八苦し、襖の泥を拭い、やっと片付いたか、と思った瞬間に、零雪が雑巾用の水が入った桶に足をひっかけひっくり返し、一からやり直しとなったことで、壱番隊の隊長と参謀はその日一日中くたくたになり使い物にならなかった。
「…そういえば、あんな騒動があったのに上からなにも文句を言われなかったな…」と禅一郎はふと思った。
それもそのはずである。上中の上である主隊長の威衛門が全てを見ていて、なおかつそれを黙認したからだ。
「誰にも言えない、三人だけの秘密だな…」
と二階の窓には、顎に手をあて、階下の零雪と禅一郎を眺めつつ
くっくっく、と不気味に笑う威衛門の姿があった…


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