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遥告鳥 兩 [小説]

Category*短編
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遥告鳥 兩



※『遥告鳥』の続編になる話です。
どちらから読んでも、どちらかだけ読んでも、大丈夫ですが
前作が謎、本作が答えという面もありますので
『遥告鳥』→『遥告鳥 兩』とお読みになる事をお勧めいたします。



夏の邂逅。
その人だけに見えた夏。


人の生き死にとは、どのように決まって行くのだろう。
それはまた目を瞑るたびに訪れるものだろうか。

夢と現の境目とは、どのように決まっているのだろう。
目を開いているかどうかなど、誰にも分からないのに。


初夏。
蝉が雨の降るように鳴いていた、午後。
射るような日差しに目を奪われる事なく、その人を見つけた。

周りはぼんやりと冷えていただろうか。
それとも、それは気のせいだっただろうか。

今の季節を否定したくなるような、感覚。
その人の雰囲気は、まさしく雪のようで。
ただ冷たく、暗く、凍えていた。

盲唖な自分にとって、その存在は驚きだった。
人、生き物は普通、わずかながらでも必ず温度を感じるからだ。
しかし、その人(いや、おそらくそうであろう)からは、なにも感じなかった。
感じなければ、存在しないのも同じだが、それは違う。
たしかに、そこにいた。
息遣いを感じる。こちらの視線に気づいて、振り向いた気配も。

身じろぐ私に、その人は座ったまま、こちらを見ている。
気配がする。

見えるわけではないが、喩えるなら(生まれつき盲唖な者にはそれすら難しいが)
なにもない場所に、なにかぼんやりと浮かんで見える、とでも言うのか。
ただ広げた手のひらに、つと誰かに人差し指を置かれたような。
輪郭のない、けれど確かな感覚だった。

でも、本当に?
このような『感覚』は初めてだった。
なにか見当がつかないけれど、間違いなく、そこにいて。

私は無意識にその人に近寄り、手を伸ばしていた。
なんの事もない、人だ。肩に触れると、少しばかりのぬくさを感じられる。

けれど、この違和感はなんだ。

その人の手がそっと自分の手に重ねられ、びくり、と肩が震える。
なにかを訴えるような仕草。
言葉を? でもその振動は感じない。
無言の言葉。でもその意味はなんだ?

私が狼狽えていると、その人は呆れたようだった。
なにをしても、なんの反応も返さない壊れた自動人形のような自分に。

自らも、失望している。
自分ではなにも出来ない、と思い込んで、なにもしない己自身に。

けれど、その人は、徐に身を寄せて来ると、そっと唇を重ねて来た。
肌に感じていた熱が、別の影響でより濃くなった。
柔らかな感触。鼓動のような微動。
このまま喋ってくれたなら、声すら聞けそうな気がする。

けれど、咄嗟に突き放した。
柳のようになんの抵抗もなく離れ、距離が開く。
違う。相手を嫌悪しているわけではない。戸惑っているのだ。
どうして良いのか、分からずに。

この人に、嫌われてしまっただろうか。
どうか、違いますように。
空気のような自分に気づいてくれたこの人に、もう会う事がなくても構わない。
今だけは、嫌われたくない。

蝉の声が消えているのに気づき、我に返る。
自分は何をしているのだろう。
もしくは、なにもしてないのか。

気配を探るが、蝉しか感じられない。
夏の日差し、なまぬるい風。

あの人は、幻だったのだろうか・・・
生まれ遅れ、おそらく地上の仲間達が死に絶えた頃に、やっと鳴き始めるだろう蝉が
旅立ちに向け、さあ、と息を吸う音が聞こえる。

あの冷えた形が近づいて来るのが分かる。
ああ、良かった。幻ではなかったのか。

その人は私を近くで観察しているようだった。
なにが興味を惹いたのかは、私自身知らない容姿では考えようもない。
その人は、一体どんな人なのだろう。
触れる事を許されたなら、少しは想像も出来そうなのだけど。

こんな邪な考えをしていると、この人が知ったなら、軽蔑するだろうか。
ふと自嘲の笑みをこぼす。

まるで花のような人だ。
触れれば暖かいと思える花びらが、こんなに冷たいものかと思う。

また妙な事を考えてしまった。
この人はなにかを自分に伝えたいのかもしれない。
その思いを汲まないと。自分にも出来る事があるのなら。

首を傾げ、分からないと伝える。
その人は意思を汲み取ってくれたのか、私の唇にそっと指を置くと、手を取り、どこかの家の中へ招かれた。

こんな場所に家などあっただろうか。
学舎に向かう途中にある公園で、子供や若い母親で賑わう他の場所と比べ
一層静かで暗い、そんな片隅だと思っていたのだが。

部屋の中はひんやりとしていて、無風だ。
なのに、あの人からは風を感じた。
微笑んでいるのだろうか。優しい眼差しを感じる。
古い家の独特な香りと、なにか、花の香りか。おそらく野百合だろう。

ここは居心地が良い。
軋む廊下の板の音が、遠い記憶と重なって、初めて来た場所ではないような。
この人はずっとここに住んでいるのだろうか。
一人で?

使い古された畳のなめらかさの上で、肌が触れ合う。
押し倒される形になって、露になりつつある細い背に触れる。
木目細かな柔らかさ。まるで少女のようだ。落ち着いた雰囲気とは裏腹の。
華奢な肩に、小さな手の平。なにも知らない自分のせいかもしれないが、なすがままだ。

時が経つにつれ、徐々に理解して来た。
たぶん、そうだと思う。たしかめる事はきっと、永遠に出来そうがないけど。

この人は、自分で気づいていない。
それで良いのだろう。
それだからこそ、今のこの時がある。

耳元で微笑まれるたびに、弧を描く唇から、吐息を感じた。
熱く、なのに冷える、それがとても心地よくて、ずっと笑っていて欲しいと思う。
何度も微笑みあって、抱き締めあって、囁きあった。
言葉は知らないから、形を成したわけではないけれど、この想いはきっと伝わっていたはずだから。

あなたの声も、聞こえた気がした。


熱を奪う風がひとつ、強く吹いて、すべてが消えた。
自分がいるのはただ、いつもの公園。

あの蝉は、まだ土の上だろうか。
蟻に見つかっていなければ良いのだけど。
最後に心に浮かんだ光景は、青く広がる無限の空か、安全だった地中だろうか。
それとも、会えなかったひとを想っているのだろうか。


さようなら、夢幻の人よ。

もう会えないだろうけど、私にとって、あなたが最後の夏でした。



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